社畜管理職の 逆転ストーリー

プロフィール



はじめまして、 kurosawa と申します。

このサイトへお越しいただき、ありがとうございます。

 

 

わたしは平々凡々な生活をしながら、なんとなく起業できたらいいな~

なんて、なが~いなが~い時間、その間なんと 20年以上思っていました。

 

ついに、あるインターネットビジネスと出会ったのです・・・

 

いま、少しずつ自由人へ向かって歩いています!!

 

そんな kurosawa の プロフィールはここからです。

 

 

 

 

なんとなくなってしまった不自由人

 

1967年(昭和42年)群馬県のとある田舎町に次男坊として生まれた現在46歳です。

~~アバターは30年近く前の若き日のkurosawaです(苦笑)~~

 

 

父が小さな工務店を経営していて、6才の頃から、

「兄には建築、私には土木を将来やればいい!!」とすすめられていました。

 

こんな洗脳? 教え? それからその時代の景気のよさもあって、

かわいいぼくは、「土木ってええやんっ」って思っていました。(おっと、当時は群馬弁やんか笑)

 

それから、普通に高校を卒業し、大学は土木工学科に進んじゃったのです。

いい子供?なにも考えてない?

 

素直だったんですね!!

 

まあまあ、私と父がおもっていた筋書きとおりにことが運んでいました。

大学を卒業する時期には、これまたバブルの絶頂!!!

 

 

かーんたんに大手のゼネコンに就職してしまったのです。(就活生さんごめんなさい)

ここで土木の修行をして、機が熟したら「父の会社に入ろう」って云うわけです。

 

 

 

ゼネコンの仕事はというと、

昼間は現場でばたばたと測量や職人さんへの指示、夜は書類作製などなど、

朝早くから夜遅くまで土日の休みもろくに取れずに、体力的にもヘトヘトな状況でした。

「がまん、我慢」「修行、しゅぎょう」・・・

 

まあ、すごい事もあったんです。

はじめてもらった冬のボーナスが70万円、それから決算月の特別賞与が30万円もあったのです。

 

建設業界はしんどいけど自分には「すばらしい未来」が待っている!!って。

 

そのころ、父は事業をちょっと大きくするために土地なんかも買っていました。

 

 

それから数年後にバブルがはじけたのは皆様もご承知の通りです

 

父の会社は、お決まりのパターンで・・・・廃業

仕方なく、私はサラリーマンとして人生を歩むことにしました。

 

いよいよ自由人へ

 

その後の建設業界・・・公共事業も民間も  「縮小、縮小」、

競争は激しくなりしだいに安売り合戦。

 

従業員の「お給料」もままならない状況となりました。

そんな中でも、私は、がんばって仕事の確保に務めていました。

 

 

 

 

このままで良いのだろうか?

 

早くなんとかしなければ・・・・

 

 

気が付くと45歳となっていました。

今思えば、この間はこのままではダメだと思っていたのです。

 

 

でも、、、「勇気」がなかったんです。

 

 

 

こんな私と似ている思いを持っている人は、

今、あちこちにいる???

「多いなあ」と思っています。

 

そんなころに、輸入ビジネスに出会ったのです。

輸入ビジネスについては、存在自体は知っていましたが、

魅力的な部分と何だか怪しい?、胡散臭いのでは?・・・

 

 

こんなイメージを感じていたのが正直なところです。

現実問題として、詐欺まがいの内容の物があるのも事実です。

 

 

でも、私は出会ってしまったのです。

 

しっかりした内容のビジネスモデルに!

困っている人をも助けることが可能なビジネスモデルに!

低資金で自分のペースで少しずつ歩めるビジネスに!

 

 

 

巷で良く耳にする

「何もしないで〇〇万円」

「1日5分で〇〇万円」などとは大きく違います。

 

 

 

努力はもちろん必要です。

遊びではないのです、ビジネスなのです。

しっかりとした良質の内容をしっかりと確実にこなす、

疑問点は都度解消していく。

 

 

この積み重ねを実行することで少しずつしっかりと実になっていく。

実感してるんですよ

出合ってから半年ですが、少しずつ人生が変わっています。

 

 

現状から脱却したい人に少しでも力になれればいいな。

そんな かっこいいことを自らも成長しながら達成しよう と思っています。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。